不動産賃貸借の終了後、賃料相当額の損害賠償請求ができるのはいつまでか
完全に私見メモです。
1 問題の所在
建物賃貸借契約が終了したあと、その場所に居座ると、所有権をもっている人は、その占有者に対して賃料相当額の損害賠償を請求することができます。
さて、これ、いつまで請求できるのかという話です。
鍵を返したタイミング?
中身をきれいにしたタイミング?
この問題は、昔から、それなりにあったようです。
多くのウェブサイトでも取り上げられていますし、
島田佳子裁判官の論文もあります。
※ただ、多くの事例は、明渡しがなされたことを前提に、「原状回復しろ」と争われています。その点はご留意ください。
2 そもそも、なぜ「賃料相当額」が損害といえるのか
「返してもらって元通りにしてもらっていたら、ほかのひとに貸せたのに、貸せなくなった」(下線部はあとで問題になります)
これが、賃料相当額の損害賠償請求を取れる理由です。
そのため、要件としては
・その建物についての賃貸借契約成立
・賃貸借契約の終了を基礎づける事実関係
・賃貸借契約終了にともなって建物を返す義務がある(その中身が問題になるのですが・・・)
・その義務を履行していない
・賃料相当額は★円
ということがわかれば、賃料相当額の損害賠償請求ができます。
そして、いつ「建物を返した」といえるのか、ここがポイントとなります。
3 原則論は、中身をきれいにしたタイミングでなければならなかった?
原則論としては、借りたタイミングのような状況にしてもらうことが必要でしょう。
これを、A説「目的物返還義務+原状回復義務」説としましょう。
ある意味、真っ当ですよね。
しかし、それを受け付けない社会状況がありました。それは、「建物の鍵を渡してから、貸主側が修繕をし、その費用を後日計算することが多いが、その間の賃料は普通請求しない」という状況です。
もし、きれいになるまで賃料がかかると、借り主、こまっちゃいますよね。新たな借り主が決まるまで、引き伸ばされたらたまったもんじゃないですよね。
4 東京地裁平成18年12月28日判決
この判決は、「賃貸借契約終了したにも拘らず明け渡しを遅滞した場合には,違約金として明け渡しまで1か月あたりの賃料の倍額を支払う」という案件ではありますが、この判決では、 「(1)賃借人(同居人含む)が建物から退去すること,(2)鍵やセキュリティーカード等賃貸人から交付を受けた物を返却すること,(3)建物内の動産類を搬出すること,を完了」したら、明渡しといえ、建物返還ができたとしています。
この案件は、天井ないし床に固定されたパーテーション及び壁ないし床に固定された書棚が残置していたような案件でしたが、原状回復の費用は別として、違約金の発生は認めませんでした。
通常の場合に引き直すと、賃料相当額が発生するかどうかは、退去+鍵+動産類搬出完了という3要件が揃うかどうかということになります。
ただ、3つ目の動産類搬出、どこまでやればよいのでしょうか。
5 動産搬出の基準の判断
ここで、4説分けられます。
B-1 全部搬出しなければならない「動産搬出全部完了説」
B-2 大型のものだけ搬出必要とする「大型動産搬出完了説」
B-3 費用が過大になったときにさかのぼって搬出なしとする「費用過大説』
B-4 時間や価格など、総合的に考えて次の賃貸借をするために重大な支障が生じなければ搬出ありとする「重大支障説」
全部はさすがにナンセンスですし、平成18年の裁判例にも合致しません。
大型かどうかも、区別が難しいですし、平成18年の裁判例にも合致しません。
費用も、あとから逆算するしかなく、安定的な判断が難しいでしょうから、望ましい基準ではないでしょう。
そのため、総合的に考えて、重大な支障が生じそうかどうかで判断するB-4説が適切ではないかと思われます。
現に、高松高判平成24年1月24日も「新たな賃貸借の妨げとなり,あるいは被控訴人に過大な原状回復工事の負担をかけるような重大な原状回復義務の違背がある場合には,明渡義務の不履行に当たるというべきであるが,そのような程度に至らない場合には直ちに明渡義務自体の不履行となるものではない」として同趣旨のことを述べています。
6 結論
結局、「そこまでまずい状況でないなら、借り主みつかるだろうから、出ていって鍵を渡したら、明渡しといおう」というのが、結論とはなります。
ただ、そこまでやったら、「賃料相当額」の損害は発生しないというだけで、原状回復費用が発生するのは当然ですね・・・
弁護士 杉浦智彦